江戸時代末期頃に奄美大島に建てられた穀類を保管するための倉。米やさとうきび、サツマイモなどが栽培されていました。亜熱帯の高温多湿な気候であり、床下を高く吹き放ちし、通気性を良くしています。倉内部に入るための梯子は取り外しができます。高倉の起源は弥生時代とされ、静岡県の登呂遺跡や奈良東大寺正倉院などが知られています。奄美諸島には、独自の高倉が現存しています。4本~9本の柱が草葺き屋根を支え、屋根の内部が倉庫空間となる共通の構成を示します。この倉も、礎石の上に乗った4本の円柱の足下に貫を通し楔で固定。柱の上は2本の桁を渡し、それと垂直方向に床を支える9本の根太を架ける。このうち、両側の2本は「はしかけ」と呼ばれ、端部に鼠害を防ぐための「鼠返し」がみられます。赤桃と呼ばれる奄美特産の材でつくられたこの高倉は、屋根裏空間を穀倉とする独特な形態です。

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